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2006年4月

2006/04/30

瀬戸の花嫁

昨日,祖母が遊びに来た。
瀬戸内の小さな島に住んでいる。
実家に帰ったときはたいていこの島に会いに行くのだが,今回はひさびさに
祖母のほうが実家に来ることになった。
朝,母親に起こされる。
祖母を港まで迎えに行ってこいとのこと。
実家から港までは車で40分ほど。
電車もあるのだが何しろ一時間に一本あるかないかという頻度で便が悪い。
で,一人で港まで迎えに行った。

「よう一人で迎えに来てくれたなあ~,迷わなんだ~?」

いやいや,もう免許取って五年近く。
祖母の中ではいつまでたっても子ども扱いである。
いまだに会うと言われる。

「あら~,何か大きくなったんと違う?」

いや,成長期を終えて久しいのだけれど。

実家までの車の中で祖母は延々としゃべっていた。
方言が強くて時々聞き取れないのだがまあその辺はノリで。
最近,祖父の話をすることが多い。
祖父は僕が小さいころに亡くなった。
だからほとんど記憶にない。
戦争から帰った後は島の工場で働き,退職後は漁師をやっていた。
とにかく船に乗せてもらいたかったのだが,「危ないから大きくなってから」と
なかなか乗せてもらえなかった。
小学校に入った直後くらいについに乗せてもらって釣りをしたのを覚えている。
一番はっきり残っている祖父との思い出かもしれない。
次に思い出すのは葬式の異様な雰囲気,帰宅した直後に電話したときの
祖母の悲しそうな声。
あれからもう15年。

今さら何で祖父の話ばかりしたがるのかは分からない。
でも今までほとんど知らなかった祖父の話を聞けて楽しい。
祖母が祖父に二回目に会った日は結婚式当日だったらしい。
何しろ戦前の話だから。
祖母は香川県・高松市の出身。この近辺ではそこそこの都会。
それが田舎の小さな島に嫁がなければならないと決まったとき,悲しくて
泣いたそうだ。「島流し」だと思ったらしい。
でも最初の子である僕の母親の妊娠をきっかけにこの島で暮らしていく決意
を固めたらしい。「あの瞬間にもう腹が据わったんよ」と笑う。
いったん決意すると,祖母いわく「三日も島を離れられんようになった」らしい。
母は強し。

祖父は本当に頭のいい人だった,と祖母は何度も言う。
祖父が亡くなった少し後,彼の遺品である風呂の湯を自動的に止める装置を
祖母が愛用していたのを覚えている。
ペットボトルと塩ビのパイプで作った非常にシンプルな装置。
なんとも単純な仕組みなのだが,これが見事に,満水になった風呂の蛇口を
閉めてくれるのである。
当時小学生だった僕はこの装置にひどく感動したので鮮明に覚えている。
「ちゃんと教育を受けとけば政治家か学者になれやろうに」と祖母は言う。
「子どもには自分より一段上の暮らしをさせてやりたい」と常々言っていたらしい。
そのおかげで今の自分があるわけで,恵まれた境遇にあるのだからちゃんと
がんばらねば,と感じた。
祖父を誇りに思う。
「才能はきっと隔世遺伝だ」などと思いながら。。。

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2006/04/29

二日酔いが怖くて酒が飲めるか

向かいのito研究室の新人歓迎会。
ええ,もちろん私は部外者です。
でもなぜ?廊下ですれ違うito研のいろんな人たちが

「これから下の部屋で飲み会だよ」
「君はもちろん参加するんだ」

などと声をかけてくれるのは,なぜ?
ちなみに歓迎会の情報は何日も前にちゃっかりゲットしてました。
もはやito研・準レギュラーの地位は不動のものになったようだ。

ito研は六人も新たに入ってきて,随分とリフレッシュ。
ちなみに私,知られざる七人目の新入り。
人見知りな性格が災いしてあまり交流できなかった気がする。
というか新入り同士もまだお互い,腹の探りあいといった感じ。
スリリングな時期である。
かく言う自分も自身のキャラ設定を模索中。
どの路線で行こうかしら。

基本はいじめっ子なんだけど意外といじめられキャラ?!
最近パワハラ女王・momo氏の執拗ないじめを受けているから。
「(私の肩書きには)いろんな『ハラ』がつくよ~」と微笑む。
最近の名言。満面の笑みを浮かべながら言われた。

後輩をいじめるの大好き

恐ろしや。
岡山の実家に帰った後,ちょっとしたメールのやり取りの最後に一言。

帰りを楽しみにしているよ♪

見える。見えるんですよ,その優しさの奥にサディスティック・スマイルが。
音符の使い方に旋律ならぬ戦慄を覚える。
そろそろハラスメント相談室に行く機会をうかがっている。
もちろん冗談です。
本当は仲良しだし大好き(と言わなければ命がない)
なんだかんだで癒されてます。

歓迎会はというと,ちゃんと余裕を持って終電までに帰った。
何しろ翌日は朝九時に羽田発の飛行機に乗って岡山に帰らねばならなかった。
二時ごろ就寝。
六時起床。
飲んだ後にこれはキツイ。
しかも二日酔い?!頭痛で目が覚めた。
そんなに飲んだ覚えはないのに(パワハラ女王による毒物混入疑惑あり)。
空港に向かう電車の中で頭痛に加え吐き気と戦う。
頭痛い。気持ち悪い。
と言いながら空港に着いてすぐカレーを食う。
だって腹は減るんだもん。
吐き気は治まったが頭痛がなかなか取れない。
結局夕方くらいまで軽い頭痛が残ったままだった。
で,空港まで車で迎えに来てくれたはづきさんと岡山をぶらぶらして夜は焼き鳥屋。
はづきさんとはづきさんのお姉さんとその彼氏。
何これ?合コン??
しかしせっかく二日酔いが治ってきたところに焼き鳥屋って,懲りないな。
飲みすぎた翌朝って肉体的にも精神的(忘れたい思い出ぽろぽろ)にも,もう
二度と酒なんか飲みたくない気分になるのだが,どうせまた誘われると尻尾を
振ってついていってしまうのである。変わらないなあ。
そんなときでも,友人の名言が救ってくれる。

「もう二度と酒を飲まない」なんて無意味なことは言わない。

うむうむ,そんな破るためにあるような誓いは最初から立ててはならない。

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2006/04/27

Okayama On My Mind

我が故郷!我が心の岡山!
この地を離れて6年が過ぎた。
もはや人生の1/3以上を,岡山を離れて過ごしたのか。
人生の2/3近くを過ごした土地であるとも言える。
自分の人生を映画化するなら(いずれしようと思っている)間違いなく
一つの重要なステージになるであろう。
幼少期から思春期までの多感な時期を過ごした地。
岡山で育ってよかったと思っている。
でも再び岡山には住みたくない。
僕のような大物(自称)にはあの土地は小さすぎる。

東日本の人たちには岡山の位置はよくわからないようだ。
東京で岡山の話をするとたいてい岡山は「関西」と見なされる。
面倒なので最近はもう関西人のフリをしている。
神奈川の人が最初から「横浜出身です」という心境に近いだろう。
岡山の位置についてよく言われること。

「岡山出身です。」

「ああ,神戸のあるところ?

「それは兵庫です。」

おそらくこの誤解が岡山=関西の構図を作り出しているのだろう。
で,まあ面倒なのでいつも「僕ら関西人は~」なんて言うわけである。
しかし時々実は関西人ではないことがバレてしまう。
そもそも関西人になりたいのではなく関東の人たちが私をそうさせるのだが。
飲み会で「Stage 3.8」の先輩に言われてしまった。

「岡山は関西じゃないでしょ~?!」

酔っ払いに指摘されてしまうとは。
ちなみに岡山に神戸があると主張したのも彼女なのだが。
まあ別に岡山の位置なんて正直,どうでもいい。
千葉と茨城の違いなんて気にしない。
群馬と埼玉と栃木,,,

東京,横浜,あとその他でいいじゃん,もう。

いかんいかん,これじゃあ福島が日本海に面していると信じている
後輩と同レベル。

岡山(特に我が故郷,倉敷)は美しいところである。
赤字経営の現実から目を背ければ,瀬戸大橋は美しい。
光化学スモッグで体育の授業が中止になることを他人事だと思えば,
水島コンビナートの夜景は美しい。
地元の名産,桃とマスカット。
そしてもちろん,きびだんご。めったに食べないけどね。
そんな岡山に明日から帰ります。
連休のラッシュを避けてほんの数日間のトンボ返りだけど。

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2006/04/26

Everybody wants to break free

我が写真の師匠である新婚の英国人科学者・トーマス氏からメールが届いた。
プレゼントのお礼と修士号無事取得の報告でメールを出したのが一ヶ月ほど前。
あまりに返事が来ないのですっかり忘れていたが,どうやら留守にしてたらしい。
中国でのハネムーン(お相手は中国人)を終えて帰国したのだとか。
絶景に感動して数百枚の写真を撮ったのでなるべく早くホームページにアップ
する,とのこと。
新婚旅行で数百枚も撮るなんて,さすがは師匠!
理解のある奥さんなんだろうな。
でも新婚生活のため自宅を改装したらしく,しばらくは大人しくなるかしら?

しかしいいなあ,海外旅行。中国か。
去年会ったときに香港に行った自慢話を散々聞かされた。
香港にも興味があるが(大好きな中国銀行ビルがある!)上海に行きたい。
もう何年も前から上海に行きたい願望はある。
大好きな高層ビル群もさることながら,古い中国の街並みと,植民地時代の
名残で古いヨーロッパの街並み。
これらが混在して不思議な街を作り出している。
数年前にテレビでそれを知ってからというもの行ってみたい都市のひとつに。
でも経済的にも時間的にもしばらくは海外旅行に行けそうにない。
どうせ行くなら一ヶ月くらい行きたいものである。

そういえば先輩のアルパカ氏が明日から渡米するらしい。
ボストンにある有名な臨界実験施設の実習に参加するため。
長年の夢だったらしく,貯金していたようだ。
その前後に他の都市も訪れるらしい。
NY州イサカにも行くらしい。
懐かしいなあ,イサカ。
あれからもう一年か。
そう,ちょうど一年前の今頃である。僕がイサカを訪れたのは。
当時まだようやくアメリカ生活に馴染み始めた友人を訪れ,ファンシーレストラン
に連れていってもらったり,大学のアイスクリーム屋に連れていってもらったり,
ショッピングモールで大きなピザをご馳走になったり。
食ってばかりだな。
そういうわけでイサカに関しては先輩である僕からいろいろアドバイスしてみたり。
最終的にはNYシティーに滞在してニューアークから日本に発つらしい。
この経路は一年前の僕と同じ。

しかし物を知らないことは恥ではないが時として恐ろしい。
彼の話しぶりだとNYシティーを日本と同じ感覚で闊歩することは必至。
心配なので「ここをちゃんと読んでください」,とガイドブックを差し出す。
この人,そういえばかつてロンドンで深夜に一人で地下鉄に乗ってネオナチ風の
男たちの喧嘩に遭遇したとか言っていたのに,懲りないなあ。
まあそこが彼の魅力でもある。丸くなってほしくない。

今回の滞在中に,ある研究室でセミナー発表の機会をいただいたらしい。
昨日,皆の前でその予行演習を行った。
相変わらずの絵に描いたようなカタカナ英語,,,を通り越して佐賀なまりの英語。
英語なのにイントネーションが佐賀弁。和みます。
でも彼は物怖じしない性格なので片言英語で外国人にがんがん話しかける。
ある国際学会の時に別の先輩研究者が影で彼のことをこう評していた。

彼はあの英語で誰にでも話しかける度胸がすごいよねえ,見習わなきゃ。

まさにその通り。
伝えたい気持ちがあればだいたい伝わるものである。
僕もいつもノリで話しているのでかなりひどい英語を使っていると思う。

そうこう書いているうちに隣でボスとアルパカ氏のディスカッションが始まった。
アルパカ氏は酔ってハイテンションになるのが「お約束」なのだが,心配したボスが
「あちらではくれぐれも酔っ払わないように!」と忠告している。
あちらでは酔っ払うと社会的に抹殺されてしまうので。
我々のように「Stage3」を超えた人々は翌日から誰にも相手にされなくなるだろう。

いつの間にやらディスカッションは「彼らの持つエリート意識が云々」という小難しい
内容になってる。
そして私はこの記事をどうまとめるか悩み始めている。
ごちゃごちゃしすぎてきたなあ。。。
ああ,,,何もかも忘れて旅行へ行きたい!自由へと旅立ちたい!!
とりあえず今夜はアルパカ氏の壮行会??
アメリカで酔っ払えない分,今宵はとことん飲みましょう!!

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2006/04/25

たとえこの身果てようとも

午前中のセミナーが終わりヒゲの後輩と隣の研究室のブルージーな後輩を
引きつれ,いざ昼食へ!
と,思った矢先。。。
空を見上げる。
黄色い。
おかしい。
なんだか世界がセピア色になってる。
きっと疲れて頭がおかしくなったんだ。トリップしてるんだ。
でも,後輩二人にも同じ世界が見えてるらしい。
どうやらこれは現実世界。
本当に気味が悪いのだが,目に映る全てがセピア色なのである。
嘘くさい空。まるで安普請なドラマのよう。
なんだこれは,,,と思っている間に雷と共に雨が降り始めた。
これくらいじゃ負けない!何としても昼飯にありつくんだ!
傘をさしながら出発。

研究室を出て間もなく。
傘を打つ雨の音が変わったことに気づく。
明らかにさっきまでと音が違う。激しい。
痛っ!
手に何か当たった。
そう,雨が突然,雹(ひょう)に変わったのである。まさに,豹<ヒョウ>変。

このまま食事に行くと命に係わりますよ!

と,弱気になる後輩。
しかしひるむわけには行かない。
昼飯を食わねばそれはそれで命に係わる。
すぐ近くに雷が落ちた。
さすがにビビる。
しかし隊長が弱気な姿を見せてはならない。

大丈夫,(ちょっと遠いけど)新宿のビル群が守ってくれる!

落ちた場所は明らかに新宿より手前,むしろ我々の近くなのだが。
常に隊員を勇気付け,彼らの身の安全を保証することこそ隊長の義務であり,
隊長の隊長たる所以である。
我々は決してあきらめない。昼食を手にするそのときまでは,決して。
大げさだけど,要は夕立の中,飯を食いに言っただけのこと。
だいたいいつから我々は探検隊になったんだ??

果たして我々はついに目的の地にたどり着いたのである!
向かいの研究室の姐御に以前教えてもらった居酒屋のランチメニュー。
このエリアのいいところは,鬱陶しい学生がほとんどいないこと。
キャンパスのすぐ近くなのに,不思議なものである。
キャンパス正面の学生街に比べると洗練されててお洒落な雰囲気だし。
あくまで学生街に比べれば,の話だけど。
和食中心のメニューで,けっこううまいし,量もそこそこ。
メニューの数も多いし,全て制覇したくなる。
昨日開拓したカフェもうまくて量も多いのだが,今週末に閉店してしまうらしい。
まだまだ身近に取り残された秘境が残っているものだ,という発見。

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2006/04/24

ついてない日の過ごし方

春。
運気は上昇している。
でも何かが足りない。
千年続いた嵐は去ったけど,後に残されたのは廃墟。
もやもやっとしている,というより心にぽっかり穴が開いた感じ。
最近いろんなことが順調に進んでいる。
楽しいこともたくさんあった。
順風満帆,,,のはずなのになぜか虚しい。
これもきっと春のせい。
世に言う「五月病」に違いない。まだ四月だけど。

「絶対に悩まないでしょ?」

と,よく言われる。
まあ,だいたい当たっている。
しかし,こう見えて意外と繊細なんです。
あまり感傷的になっていると暑苦しい後輩が心配して電話をかけてくるので
ほどほどにしておこう。
そういえばこいつ,昨日もホッケーしてたな。
春。
ホッケーバカは喜び野を駆け回る,か。

最近,休みの日は研究室の近くのフレッシュネスバーガーに行くことが多い。
クラシックバーガーのタマネギがたまらん。ケチャップをたっぷりかけて。
もう健康診断なんて恐れない!Supersize me!!
そんなことはどうでもいい。
フレッシュネスバーガーでたまたま流れていたのが,ダニエル・パウターの
「Bad Day (邦題:バッド・デイ~ついてない日の応援歌)」。
来たねえ,ひさびさにダサい邦題!今や化石物だよ。ウケ狙いか?
基本的に今どきの音楽は聞かないし,しかもこんなしっとりした音楽なんて
普段は,まず聞かない。
実際,この曲は売れているらしくてよく耳にするが,これまではたいして
興味がなかった。
でもなぜかしら,今の自分の心には妙に染み入る。
で,その日の夕方には渋谷のタワーレコードにいる自分に気づく。
衝動買いのプロですから。

そんなわけでここ数日,ダニエル・パウター聞いて癒されてます。
ついてない日に渋いブルースなんて聞いてたらますますへこむからね。
アルバムにはいくつかいい曲が収録されているのだけれど,やっぱり
「Bad Day」がダントツにいい。染みる,染みる。
一頻りしみじみした後は,少し気分は晴れやかに。
ダニエル・パウターとの違いがよく分からないジェイムス・ブラントも欲しくなる。
元・いじめられっ子と元・軍人。生い立ちは正反対。どうでもいいけど。
古い音楽ばかり聞くのは文明の末期だから,と思っていた。
文化は退廃してる!と。
でもたまには新しい音楽を聞くのも悪くない,と新たな発見。
でも夏になって元気になってくると結局また古い音楽に戻りそう。
でも,でも,,,って結局どっち?
どうでもいい。
ただ一つ言えること。
最近,なぜだかビールのうまいこと!

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2006/04/22

人生,楽しんだもん勝ちばい!

昨夜見た映画。

69 sixty nine
※リンク先は鬱陶しいことに音楽が鳴ります。

邦画はあまり見ないのだが,この映画に関しては公開当時興味を持った。
見よう,,,と思いつつも結局,機を逃す。
ビデオ屋をうろついていたときに目ぼしい映画がなく,たまには邦画でも
見るか,と邦画コーナーに入ってたまたま見つけたのでいい機会だと思い
借りてみた。

端的に言うとバカである。
でも何度も言うけど,バカが大好きなんです。自分もバカだから。

青春とはロックエロスハッタリである。

というバカなキャッチフレーズに妙に共感。
実際,自分の青春はまさにそうだったし。
この映画,自分の中学・高校時代そのものである。そっくり。
とにかく社会に反発して,頭の中は音楽と女の子のことでいっぱい。
当時の最重要課題は「いい大学に入ること」ではなく「いかにモテるか」。
学校サボって他校の子たちと遊んだり,,,
女子高生!今やると犯罪になりかねない。時のたつのは早いもの。
しかしあの頃のやる気はどこへ行ってしまったのか。
あんなにギラギラしてたのに,今では平気でジャージ姿で研究室に通う。
まあ今さらギラギラしようとも思わないが。今や「脱力」こそ我が人生!

全体的にバカなのだが,ちゃんとメリハリも効いていてうまくまとまっている。
「二時間の壁」もぎりぎりクリアー。
オチを予測するのは簡単だったが,それでも,これ以外にこの映画の結末は
あり得ないだろう,というすっきりした仕上がり。
何しろ「バカ」な映画なので余計な小細工するよりよっぽどいい。

賞賛すべきは選曲のセンス!
何も知らずに見たのだが,冒頭でいきなり驚いた。
なんと大好きなCreamの「White Room」がオープニング・テーマ曲!
渋い!「007」シリーズを彷彿させる映像とともに流れる「White Room」。
もうこれだけで見る価値は十分にある。渋すぎる!Awesome!!
途中と最後に演奏される,これまたCreamの「Sunshine of Your Love」。
かっこいいよなあ,,,彼らの演奏は超ヘタクソだけど(演出かしら?)。
ぜひ「Crossroads」も流してほしかった(原曲はCreamではないが)。
こうなるとやっぱり「Bell Bottom Blues」や「Layla」も欲しくなる,,,
と思ったが,時代設定はタイトルの通り1969年。
そう,当時はまだDerek and the Dominosは結成されてないし,もちろん
これらの名曲も生まれてないんだね。

CreamやらDerek and the Dominosと言えば,実は隣の研究室にこの春
入ってきた卒研生が,なんとも音楽のセンスがぴったり合うのである。
昨日もまさにこれらの音楽の話をしたばかり。
しかも彼はけっこうバイオグラフィーを調べるのが好きらしい。
Yardbirdsの三大ギタリストの話からその後のLed Zeppelin,そしてHeavy
Metalというジャンルが確立されるまでの60年代以降のロック史を詳細に
語れる。マニアックでよろしい。
彼はあまり濃いブルースは聞かないらしいが,これらの白人ブルースは
けっこう聞くらしい。今度ジェフ・ベックのアルバムを借りることに。
いや~,こういうやつを待ってたんだよ!
前の研究室では音楽で学位を取れるのでは,というくらい膨大な知識を
持っているimfk氏がいてくれたのだが,東京に来てからは音楽的趣味が
合う人がなかなかいなくて。
唯一,後輩のホッケーバカがそこそこ話題を共有できたが彼ももういない。
この新入りは「新たな希望」となるか?!
I've been waiting so long~♪

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2006/04/21

Urchin Researchin' Blues

就職して上京してきた大学時代の友達二人と昨夜渋谷で飲んできた。
東京デビューで渋谷で待ち合わせってことでせっかく「ハチ公前」を提案
したのに結局電話で「今どこ~?」って半蔵門線の出口まで迎えに行く
ことに。ハチ公前で待ってたこっちのほうが田舎者っぽいじゃん!
両手に花,美女二人に囲まれ終始上機嫌。
会うのは卒業式以来なので積もる話もある。
と言っても同級生の近況は先日別の友達と久々に会ったときにほとんど
聞いているのだけど。

しかしよく分からない。
前回の飲みでも今回の飲みでも言われたのだが,服装を見て,

学生っぽいね~

はて,,,社会人っぽい格好って何なのかしら??
まあ社会人と言ってもつい数週間前まで同じ大学院生だったので一応,
今のところは共通の話題もある。
一般の人には絶対に受け入れられないネタも使える。
「カクテルにレモンがタミってる(コンタミ;混入)」とか。業界用語です。
驚いたのは,ウニの話題になったときに一方の子が目を輝かせながら

アーチン?!

と食いついてきたこと。たぶん「アーチン」って言ってみたいだけ。
でも普通ウニの英名なんて知らないよな。
しかも「アーチン」って,業界人でも使わないような呼称。
いったいどこで覚えたのかしら??

もう一方の子は会社の機密情報を漏洩しまくってたけどいいのかしら。

これは言っちゃダメなんだけど~

「言っちゃダメ」という言葉にどれほどの効力があるのか。
まあでもこのキャラ,嫌いじゃない。
今後とも情報流出を期待。
でも一週間後に彼女の会社の重役が謝罪会見するような事態になって
たらさすがにショックかも。いや,逆にそこまでやってほしいかも?!

全くその気はなかったのだが,なんと二人でごちそうしてくれた。
社会人と言えどもまだ給料もらってないでしょ??
なんか悪いなあ,,,と思いつつもちゃっかりもらうものはもらう。
ありがとうございます。ごちそうさまです。
最近よくいろんな人から「おまえはヒモ体質だ」と揶揄されるが,きっと
こんなことばかりしているからだろうな。
いやいや,無事職業研究者になれた暁にはちゃんとごちそうしますよ!
とりあえずは現物支給で。ウニ食べたかったらこっそり差し上げます。

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2006/04/20

18 YEAR PARTY PEOPLE

先日,夜中になかなか寝付けなくていらいらしていた。
そしてなぜか高校時代のどうでもいい出来事をふと思い出した。
当時音楽に夢中で,友達とバンドを組んでギターを弾いていた。
ある日,一人でふらふらと楽器屋に行ったときのこと。
なんと,ずっと欲しかった楽譜を発見!
税別で3000円。だいたい相場はこんなもの。
衝動買いの癖はこの頃から健在。
買わない理由がない。
財布を見る。
札が3000円と,小銭が数十円。。。
消費税はすでに5%になっていた時期。
小さい頃から計算ミスの多い子ではあった。
なんというか,常に軽率なのである。
3000円の消費税は15円,ぎりぎり足りる!
バカなことにレジに行くまでそう確信していた。
そしてレジにて「3150円」の表示に驚く。

「す,すみません,,,お金が足りません。。。」

「しゃあないな~,ほんなら3000円でええよ!」

ああ,なんて優しい店のお兄さん!
しかも帰り際に,

「少年!ちゃんと帰りの電車賃あるんか?」

そんなとこまで気にかけてくれるとは。
ちなみに初めてギターを買ったのもこの店。
音楽に興味を持ち,ギターを手にしたのは中学生の頃。
一家に一台,なぜか必ず押入れの中にあるアコースティックギターである。
でも普通はフォークギターなんだけどうちのはなぜかクラシックギター。
父親は間違っても楽器を触るような人間ではないし,母親が音楽教師を
やっていたので母親のギターなのかしら。それなら納得。

高校に入ってすぐに仲良くなった友達数人とバンドを組むことに。
そして念願のエレキギターを購入するに至るのである。
高校時代の思い出は音楽なしには語れない。
精神的に激動の時期なので卒業する頃にはずいぶんと趣味も変わり,
メンバーの音楽性もバラバラ,バンドは空中分解寸前だったが,なんとか
持ちこたえた。
最後のステージ,学園祭で1000人の聴衆を目の前にしたパフォーマンスが
ギリギリのところでメンバーの心を一つにしたのである。
最高の形で解散できた。
今でも数年に一度,セッションすることがある。

大学に入ってからも実は少しだけ音楽をやっていた。
友人に誘われ,というか強制されバンドを組んだ。
ギターの腕を買われたのだが,彼はベースを始めたばかり。
実力は雲泥の差。
彼が三日間徹夜で練習してきた曲をこちらは即興で弾いてみせる。
これだけ差があると,正直,つまらない。
そもそも根本的に音楽性が合わず,やりたくもない曲ばかりやらされた。
連日スタジオに監禁。捕らわれのギタリスト。
人生でもっとも音楽がつまらなかった時期である。
というわけでいろいろな人々と喧嘩して脱退するまでに時間は要さなかった。
半年間も耐えただけ偉い。全く,自分で自分を褒めてやりたい。
で,それ以来音楽活動はやってない。

でも家で一人でおっかなびっくり,たまにこそこそと弾いている。
エレキギターはアンプにつながなければ針金を弾くぐらいの音しか出ないので
アパートでこっそり弾くには勝手がよい。
気の合う仲間さえいればまたバンドを組みたいとは思いつつも,そんなに
都合よくはいかないもの。
しかし高校の頃から比べるとずいぶん趣味が変わった。
今,自宅に置いてあるのは高校生のときに買った,二本目のギター。
Nec_0402
今の自分のセンスでは「なんてダサいギターだ!」ってのが正直な感想。
今買うなら絶対こんなの買わない。
でも当時は考え抜いた末に購入したので,随所にこだわりがある。
ちなみにこの色は自分で塗った。
元はサンバーストと呼ばれる木目が透けて見える塗装だったのだが,当時は
それが気に入らなくて全部黒で塗りつぶしてやった。
一本目のギターは改造しまくって原型をとどめてないので,それに比べれば
なんとも控えめなマイナーチェンジである。
とにかくダサいギターなのだが,長年使っていると愛着もわいてくる。
12フレットの位置に刻まれた18歳の誕生日記念もまた,青臭い思い出。
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平成11年11月11日!

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2006/04/18

写真五昧

ちょっとくどいね。
まあお気になさらずに。
昨日ウニ取りに行ってきた。
実験用のバフンウニ。
食べられなくはないが,基本的に食用ではない。
場所はというと,福島県は小名浜。

ここは日本海ですか?

というヒゲに栄養を取られて脳が酸欠になっているらしい後輩は
さておき,一年ぶりの小名浜。
ウニ取りよりもむしろ名物・目光(メヒカリ;目の大きな魚)定食のほうが
目当てだったりする。

Crw_7549a
一見するとのどかだが,天気はいいもののこの日は波が高かった。
瀬戸内育ちの僕にとって「水平線」と「高い波」は未だにカルチャー
ショックを与え続ける。
桜がちょうど見ごろを終えようとしていた。
Crw_7543
一年前に来たとき,つくしがたくさん生えていたのだが,当時は
マクロレンズを持ってなくて,うまく撮れず悔しい思いをした。
それを覚えていて,今回は師匠にいただいたマクロレンズを持参。
到着から潮の引く時刻まで暫し待ち時間があったのでさっそく撮影
活動開始。もうすっかり春の陽気。
つっこまれる前に言っておこう。そうです,寝転がって撮るんですよ!
Crw_7556a
日の当たるところにいれば暖かいのだが,ウニ取りとなるとそうも
いかない。
ひざくらいまで,時には腰くらいまで水につかって磯でウニを探す。
水温は10℃弱といったところか。
ここはけっこうたくさんいて,探すのには苦労しない。
岩をひっくり返すとバフンウニがごろごろいる。

そこらへんにいっぱいいますよ。

という後輩。
何言ってんだか。いるなら取れよ,と言ってみると,

水が冷たくて手がつけられません。

出た,ウニ取りを否定する発言。
手をつけずにウニが取れるか!
我慢しろよ,と言ってみるも,

凍傷になっちゃいますよ。

あのなあ。。。
何て軟弱なやつだ。
この程度で凍傷になったら生きていけんだろ。
生命力を問われる発言である。
おそらくヒゲに栄養を吸収されて指先まで血液が供給されないので
あろう。このネタでこの先一年くらいはいじめてやる。

そして今日。
天気もいいし,暖かい。ちょうど八重桜が見ごろ。
午前中のセミナー修了後,研究室の皆で花見をしよう,とボスの提案。
弁当を買って外へ繰り出す。
どこから引っ張り出したのか,隣のマリオ先生はちゃっかりビールを
用意してくれている。さすが。
Crw_7586
写真を撮っていると,ぶらぶらしている猫を発見。
猫は気ままでいいよなあ。
こないだ見つけた毛並みのいい猫とは別人別猫のように見えるが,
真の猫好きにはすぐに見分けがつくのかしら。
Crw_7614

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2006/04/16

Awesome Director

ああ,またやってもうた。
先日引用した,一年前のアメリカの友人とのやりとり。
彼女を怒らせたのは「がんばって」ではなく「最高」という表現だった。
全くの別人の言葉と入れ違って記憶していたようだ。勘違い。
そう,「最高だ!」と言ったところ,

最高?私,まだ上を目指すから!

と反論されたのである。
確かに。
言葉通り,彼女は一年前より遥かに高いところにいる。
上を目指す人に対して現時点が最高だ,なんて失礼。
「がんばって」同様,「最高」も封印せねば。
しかし何で記憶が入れ替わったのか。
記憶は事前によく確認しましょう。書き込みは計画的に。
じゃないとこわ~いお兄さんが取り立てにやってきますよ。

さて,その友人に送った自作の映画をスラングを交えて絶賛されて
なんともいい気分である。
短編ドキュメントと,初の長編ドキュメント。
映画は大好きで,数年前から自分でも作るようになった。
Studio Sea Urchinなるスタジオを立ち上げ(配給会社は21st Century
Sea-urchin),,,と言っても研究室でパソコンに向かってるだけだが。
おもちゃみたいなカメラと稚拙なCG技術を駆使し,遊び感覚で。
正直なところCGはあまり好きではないので排除したいのだが,実写と
なると何しろ役者が必要である。
そこまで本格的に作る金も時間もなく,せいぜいドキュメントくらいしか
撮れない。所詮は趣味,本職は研究者ですから。忘れられがちだけど。

スタジオができたなら上映する場所も欲しくなる。
実験室に特設映画館を建設。
Cinema Sea Urchin!
Nec_0401
写真,分かりづらいけど要するにプロジェクターでパソコンの画面を
投影して,スピーカーをつないだだけ。
記念すべき第一回上映作品は,,,

ニュー・シネマ・パラダイス

実はこの映画,二つのバージョンがあることを最近知った。
ネット上でいろいろな人の感想を見ていると「そんなシーンあったっけ?」
と思うことがしばしば。
どうやら未公開シーンを追加した「完全オリジナル版」が今やスタンダード
になっているようだ。
僕が知っていたのは1989年初公開版。
そこで先日買った「完全オリジナル版」のDVDを上映。
しかしこの追加された未公開シーンというのがなんと50分超!
長すぎる。
常々提唱している「二時間の壁」を遥かに越えて三時間!
未公開シーンの追加については賛否両論との話は聞いていた。
初公開版では謎になっている部分が多いのだが,その多くが未公開
シーンの追加により明らかになっている。
答えが分からなかった「王女と兵士」の逸話も,理解できた。
確かに初公開版では話の展開が分かりづらいところもある。
完全版でようやく理解できた箇所は多い。
そういう意味では見てよかったと思う。
しかし,終盤,エレナとの再会のシーンは完全に蛇足だと思う。
このシーンがあるとの話は聞いていてなんとなく予想はしていたものの
やはりカットしてしかるべきシーンではなかろうか。
謎は謎のまま残しておくべきでは?

じゃあ,何で予想できてたのにわざわざ完全版を買ったのか?
心配御無用。
ちゃんと初公開版と二枚組みの限定セットを買ったのである。
もちろん一枚で買うより少々値は張るが,幸か不幸か欲しいものには
金に糸目をつけない性格なのである。自分の経済力を省みずに。
見たことのない人へのお勧めは,やはり最初に初公開版を見ること。
で,気が向いたら完全版を後から見る。

しかしこのような心に響く作品を見ると,自分も作りたくなる。
いつかはこんな映画を撮りたい!
と思いつつ,今の自分が持つべきものはメガホンではなくピペットマン
であることに気づく。
アルフレードに諭される。

現実は,おまえが見てきた映画とは違う

郷愁<ノスタルジー>に惑わされて今やるべきことを見失ってはいかん,
ということで自作のDVDは暫し封印。
見たらいろいろ思い出してしみじみしてしまうので。
さて,映画館を撤去して,実験再開。

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2006/04/15

王の帰還

侵略者に追われ地下の実験室からの大移動を余儀なくされて一年が
経とうとしている(参照)。
しかし大移動後は着実に勢力を拡大し,自分の帝国を築き上げてきた。
302号室という部屋だが,現在この部屋は隣の研究室と東西で分割統治
されている。
この春の人事異動で,研究室の構成要員は激変。
302号室の勢力図にも大幅な変動があった。

まずは我が東302帝国。
卒研生二人が陣取っていて,自分と合わせて天下三分の計が成立して
いたのだが,彼らが卒業していなくなり,新入りもいない。
そう,ついに東302を統一し,全土を実効支配できるようになったのだ。
広大な領土!
あまりに広くて携帯電話のカメラには収まらないので下図は合成パノラマ
写真。
Nec_0399wide
うむうむ,苦しうない。余は満足じゃ。
何しろ実質四人分の実験台を独占。
しかも西302もあまり使われる気配がない。
一気に攻勢をかけ,302統一王朝を築き上げる機会をうかがう。
ホームシアター(ラボシアター?)の建設も目論む。

ちなみに首都は306A号室という部屋にあるのだが,こちらでもいろいろと
勢力の変動が見られる。
もちろん首都(=自分のデスク)は鉄壁の守り,難攻不落である。
そして卒研生の使っていた机も半ば支配下に治めつつある。
もっぱら食事用に使っている。
隣の後輩・ヒゲ(別名しろっぺ)の机にも侵攻を開始。
その一部を実効支配している(勝手に物置にしている)。
しかし反対側の隣,アルパカ氏もヒゲの机を果敢に攻めている。
その一部は完全にアルパカ氏のコーヒーカップ置き場になっている。
思わぬ敵が出現?!
ヒゲの机は現在,緩衝国として翻弄されている。

侵略の矛先は向かいの研究室にも。
最近向かいの研究室ではスリッパ推奨令が施行され,廊下に下駄箱
が建設された。
Nec_0398_1
この下駄箱に自分の靴を勝手に潜り込ませる機会をうかがっている。
敬愛する先輩・おかみ氏に相談したところ,以下のご助言。

休みの日にこっそり置いちゃえば?
最初は下のほうに置いて,少しずつ上段に移動するの。

なるほど,どうせやるなら上段を目指さなければいけないのか。
気づかなかった。さすがは歴戦の将。
目指すは天下(=3号館)統一。

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2006/04/14

美しい香りを保ちながらもおっかなびっくり

今さらながら放射性物質取り扱いのための実習を受けてきた。
国家資格でも何でもないが,一応,これで放射性物質を取り扱うことが
できるようになる。逆に言うとこの講習を受けなければ取り扱えない。
放射性物質なんて使わないのだが,念のため,,,と思いつつかれこれ
二年。だって面倒なんだもん。別のキャンパスに行かねばならんし。
今年はようやく重い腰を持ち上げ,受ける気になった。

どうせはるばるあちらのキャンパスに行くのだから,ということでついでに
この春からここの農学部に移られた隣の研究室の先輩を訪ねた。
地下の実験室にいつもいるということで約束の時間にそこを目指して
建物内を歩いていると,階段でばったり遭遇。
感動の再会!というほど久しぶりでもないのだけれど。

ここ最近は目まぐるしくいろいろなイベントが立て込んでいて,時間の
感覚がどうもおかしい。
最近の思い出の起点は,三月末の隣の研究室の送別会。
それ以前の出来事は,自分の卒業式も含めて,「遠い昔の記憶」になって
しまっている。
送別会の日から二週間。
まだ二週間。
もう二週間。
どうも感覚がおかしい。
「長かったようで短かった」というありふれた表現がぴったり。

先輩はお忙しい中,わざわざ時間を割いてくださって,彼女の研究室前で
小一時間ほどおしゃべりした。
何しろ人見知りな性格なもので,二人きりとなると緊張してうまくしゃべれ
ない。おっかなびっくり,しどろもどろになってたかも。
それでも有意義な時間を過ごせた(と一方的に思っている)
まだまだいろいろな話をしたいし,年功序列のしがらみにとらわれず,
許されるなら友人としてつきあいたいと思えるような人である。
そう思える人ってそんなにたくさんはいない。

ところで,ぜひ親友と呼ばせていただきたい先輩から電子メールが届いた。
実は先日,彼女にエアメールを送ったのである。
一応,サプライズ企画のつもり。
もちろん電子メールで頻繁にやりとりしているが,紙に書いた手紙というのは
やはり一味違うものだから,前々からぜひ送りたかった。
最近完成した自作のドキュメント映画のDVDも送りたかったし。
先ほどの農学部の先輩へ贈る言葉と題したビデオレターのDVDも同封した。
何しろ彼女にもはるばるアメリカからゲスト出演してもらったので。
彼女は一年前,学位を取得,結婚,単身アメリカへ渡った。
うっかりしていて手紙に書き忘れたが,先日,ちょうど渡米一周年を迎えた。
かけるべきよい言葉が思いつかないが,湧き上がる感情は尊敬・羨望と
いったところか。
五月にニューヨーク旅行のついでに彼女を訪ねてからもう一年が経とうとして
いるのか。先ほどとは違い,こちらは間違いなく「あっという間」である。

隣の研究室にいた一年間も,もちろん仲はよかった。
でも本当に仲が深まったなと感じたのはむしろ離れてから。
アメリカに会いに行った前後,いろいろと本音で話ができたし,それからと
いうもの,いろいろと相談にのってもらったり愚痴を聞いてもらったり。
尊敬する研究の大先輩であり,大の親友でもある(と一方的に思っている)

きっと彼女にとってこの一年は激動の年だっただろう。
彼女は「Stage 3.8」だったので覚えてないだろうが,一年前,見送りのときに

「がんばって!」

と言ったら,

「言われなくてもがんばってる!」

と怒られてしまった。
「がんばれ」なんて言葉はうかつに使ってはいけない(ついつい使ってしまうが)
がんばってる人にがんばれだなんて失礼。
この失敗を踏まえ,さきほどの農学部の先輩を送り出すときには熟考した。
どのような言葉を贈るべきか。
一週間悩んだ末,思いついたのが「ありがとう」である。
この言葉にはいろいろな思いがこもっている。
出会えた事への感謝。
楽しい時間を過ごせたことへの感謝。
見習うべき姿勢を示してくれたことへの感謝。
これはもちろん別れのときに限定された感情ではない。
最後に今一度,旅立たれた両先輩方へ「ありがとう」という気持ちを伝えたい。

さて,ところで学位を取得したら「Stage 4」でお祝い!の約束(だと一方的に信じている)
は生きているのかしら。

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2006/04/09

東京は人を変える

昨日,学部時代の友人二人と飲んだ。
と言っても一人は正確には二歳年上の先輩である。
両手に花,,,なのかどうかはコメントしかねる。
同い年のほうの友人は大学に入った頃からの腐れ縁で,かれこれ
六年の付き合い。
昨日も話したのだが,恐ろしいことに知り合った頃はまだ十代だった
のである。想像できない。
一応先輩のほうの友人とは,研究室は違うのだがいつの頃からか
仲良くなっていた。
二年前,同時期に彼女は就職で上京してきたのだが,実際に会う
のはそれ以来である。
就職して上京してきた同い年のほうの友人に合わせてちょっとした
同窓会感覚で開かれたのが,今回の企画。

積もる話があふれ出す。
たいていはどうでもいい話なのだが,それが楽しい。
九州にいた頃の懐かしい話,思い出したくない話。
この二年間の生活や恋愛遍歴。
実にくだらない話ばかりだがかなり盛り上がった。
先輩のほうの友人に,

このゆる~い感じ,懐かしいわ~

と言われてしまったが,意味が分からん。
はて,,,ゆるいって誰のことかしら。
私,いつもしゃきしゃきしてますけど。

ふだん研究者とばかり飲んでいるのでたまに一般社会の人と飲むと
なかなか新鮮で楽しい。
あちらとしてもこちらの遠慮のない態度が新鮮に見えるようだ。
何しろ世間知らずの学生ですから。
そもそも先輩を先輩だと思っていないところに問題あり?!

最初の店は2時間で追い出されてしまい,まだ早いのでもう一軒行こう
という流れに。
幸か不幸か少量の酒で酔える体質なので,いい感じになってきた。
同い年のほうの友人が卒業式の写真を持ってきていて見せてくれた。
懐かしい人々が写っていた。
前いた研究室の先輩がやばいことになっていた。
この二年間に(水平方向の)成長期を向かえたらしく,一見すると誰だか
分からないくらいの変貌をとげていた。
歳,一つしか違わないはずだよなあ??
きっと街ですれ違っても彼だと認識できないだろう。
やばいで,このおっさん。
ある写真にかわいい子が写っていたので気になり,聞いてみる。

これ,誰なん?ドキドキ

何言うてんの。それ,あたしやん!

えええええええ,,,,げんなり。
あんたかよ。ときめいて損した。
こいつをかわいい子と見間違うとは,そうとう酒がまわってるらしい。
けっこう酔っ払った。
しかし先週末ほどのやばい状態まではいかなかったのでセーフ。
ちゃんと終電までに帰ったし。
「楽しい思い出」で終われた。
オールになるときっと「忘れたい思い出」になっていただろう。

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2006/04/08

写真四昧

昨日,写真三昧だったから今日は四昧って,そんなばかな。
昼過ぎのにわか雨がやんで,写真を撮りに行こうかどうしようかと
悩みながら研究室の窓越しにカメラのファインダーをのぞいていると
突然アルパカ氏が入ってきて一言。

行ってこい。
迷う理由がわからん。

ええ,ごもっともです。
一応,実験しなければならない後ろめたさがあって迷っていたのだが
この鶴の一声により即出発。
と言っても研究室のまわりを散歩がてらだけど。
八重桜がちょうど見ごろ。
通り雨の直後の晴天,とコンディションはなかなかいい。
Crw_7467
今まであまり意識しなかったが,どうやら同じ木にピンクと白と色の
違う花が咲くこともあるらしい。
Crw_7494
中には一つの花の中で色が違っていたりするやつもいる。
欲張りな感じが非常に共感できてよろしい。
Crw_7514
ふらふらと歩いて撮って。
なかなかよい気晴らしとなった。
何の脈絡もないが,最後に一枚,猫好きに捧ぐ。
Crw_7527

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2006/04/07

写真三昧

先日,向かいの研究室の姐御に

おまえのブログには写真は載せられんのか

と叱責されたので,今回は最近はまってるマクロ写真特集。
とりあえず春だし花を撮ってみるが意外と難しい。
そもそも花ってどこにピントを合わせていいのかよくわからん。
とりあえず雌しべの先端を狙ってみるが失敗の連続。
微風で被写体がブレるし,手ブレもかなり影響が大きい。
先日送り出した先輩が写真を見て一言。

こういう写真はやっぱり地面に這うような姿勢で撮るのかしら

ええ,そうです。だいたい,ご想像通りで合ってるかと。
不審だ。
しかしそんなこと気にしてたらいい写真は撮れない。
練習あるのみ!
まずは菜の花。
Crw_7267
このぐらい引いて撮れば,そう難しくはない。
しかし等倍撮影となるとそうはいかない。
これなど撮るのに一時間くらいかかった。
Crw_7289
今年は予定や天候などコンディションが悪く気分が乗らなかったので
ほとんど桜は撮ってない。
それでも研究室の周りで昼飯のついでにいくらかは撮ってみた。
ホワイトバランスをいじって妖艶な雰囲気に。
Crw_7442
散った桜もまた,いとおかし。
Crw_7424

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2006/04/06

君にもできるごまかし―健康体へのなりきり方

何の因果か,これも業か。
重く課せられた宿命。
そう,今日は健康診断。
二年前の健康診断で不覚にも血液検査でひっかかってしまって以来,
一年でもっとも憂鬱な行事である。
この際,不健康な生活を送っていることは認めよう。
しかしそれで体が不健康だと言われる覚えはない!(自覚がないとも言う)
二年前,血中コレステロールが基準をほんのわずかに上回った。
再検査は無事通過。
しかし一度引っかかったがために翌年も検査を受けさせられ(注射は
大嫌いなのに),高脂血症教室などという小っ恥ずかしい講義も受け
させられた(検査結果を人質物質に取られ,受講を強制された)。
何度も言うが,あれは何かの間違いだ。
きっと忠告を無視して朝食を食べたからだ。

一年前の血液検査は検査の一週間前からベジタリアンになって無事
通過した。研究室のボスが伝授してくれた奥義・なりきり健康体の術。
そこまでする必要はないのだろうが,もしまた引っかかったら面倒だし。
実は直前にニューヨークに行って今や日本では手に入らないアメリカ産
牛肉をここぞとばかりに食べまくっていたので。
そして今年も。。。
立て続けの飲みがかなり不安ではあるが,なんとかなるだろう。
昨日は一切,肉類を食べていない。
昼も夜もそば。
昼はとろろそば。
興味がないので健康食品のことは全く分からないが,とろろって何だか
血液をさらさらにしてくれそうなイメージがあったので。
大切なのは信じる気持ち。
夜はもりそば。
肌寒かったので温かいそばが欲しかったが,揚げ玉の油を敬遠した。
ここは普通盛りでもけっこう量が多くて,大盛りにするとさらにおもしろい
ことになる。
普通盛りでは足りないが今日ばかりは念のため普通盛りに。

しかしそばなんか腹の足しにならん!
なにしろ横方向に育ち盛りな時期だから。
夜は空腹で眠れなかった。
朝は空腹で目が覚めた。
何か食べたい気持ちを必死に抑えて,いざ健康診断に!

一応新入生なので心電図やら尿検査やら入念にやられる。面倒だ。
結局40分もかかってしまった。
服を脱いだり着たり全く面倒だ。
いつも思うけど心電図は若いお姉さんがやっちゃだめだよな。
裸で布団に横たわったら否応なしに淡い期待を抱いちゃうじゃんか!
心拍数上がって再検査になったらどうすんだよ。
こればっかりは不可抗力だ。
肝っ玉母ちゃんみたいな看護士だったら死んだように冷静な鼓動を打つだろう。

まあ何だかんだで終了。
と言っても結果は後日送られてくるので不安は残る。
と言いながらも朝マック。
健康診断が終わったら腹いせというか当てつけというか(しかしいったい誰に?)絶対に
不健康なものを食ってやると心に決めていた。
道中,向かいの研究室のヒップでホップな後輩に目撃されてしまったが
気にしない。
Supersize Me!!

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2006/04/02

前途を祝して!

金曜日の,向かいの研究室の送別会。
うちと隣の研究室と合わせて三研究室の合同企画のはずだった
のだが実質,向かいのito研の飲み会となってしまっていた。
我々は完全にアウェイ。
というか最終的にはito研メンバーのみになってしまっていた。
まあ最近の入り浸り具合を考えればito研・準レギュラーの地位を
確立した感があるので気にならない。

いい感じに盛り上がり,いい感じに終電が無くなり,,,

はい,オール決定。

このところ(特にこの数ヶ月)飲み明かすことが多いな。。。
先週の臨海実習中も朝早いのに毎晩3~4時くらいまで飲んでたし。
さすがにもう若くない。なかなかつらい。
しかも木曜の夜からどうも風邪の症状が出ていて,金曜もかなり
つらかった。
しかしこの勢いは誰にも止められない。
10人ほどで歩いて下北沢へカラオケに。
泥酔ほろ酔いの烏合の衆はもちろん散り散りに。
割りと冷静な人々を尻目にはしゃぐ「Stage 3」の面々。
メキシコ帰りの奇行師。
ビデオレターを捧げた先輩と熱いメッセージを送ってくれた先輩。
そこに自分も加わりかなりの暴走。なにしろ我ら「Stage 3」。
あまり思い出したくないな。。。
恐ろしいことに平均年齢27歳?
でも尊敬する先輩を送り出すにはこのくらいやってちょうどよかった?!
最終的にはちゃんと皆無事に合流できたし。

酔った勢いで行ったはいいが,風邪が。。。
途中,確実に発熱していた。
かなりやばい感じ。
でも不思議なことに明け方には苦しみを通り越して回復傾向に。
一つ学習した。
風邪引いてもカラオケで夜を明かせば治る!
でもできればもっと健全に治したい。。。

朝を迎え,駅に向かう。
下北沢の駅前。早朝。
旅立つ先輩の前途を祝して万歳三唱!
ああ,,,バカな集団だなあ。。。
でも大好き。
どうせ皆この近辺にいるのでまたすぐ会える。
というか早くも今週末「祭り」があるとの噂だし。
出会いって素晴らしい。
ito研の皆さんに感謝。
最高の送別会だった。

晴れ渡った空!
汚れきった体!
健全な朝に不健全な私。
思い出してしまうのは,
四日後に迫る健康診断。

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2006/04/01

美しい香りを保ちながら

寂しくもあり,
しかし晴れやかでもあり,
そして何だか誇らしくもある。
昨夜,向かいの研究室のある先輩を送り出させていただいた。
二年前,今の研究室に来て間もない頃からなんとなく存在だけは
認識していた。
なぜか初めて彼女と話をしたときの記憶が残っている。
一年ほど前,忍者風の先輩といっしょにある実験機器の使い方を
教えてほしいということで研究室にやってきた。
それで,その機器は僕しか使ったことがなかったので使い方を
説明させていただいたという,事務的な会話である。
というわけで特に深い印象はなかったしドラマティックな出会いでも
なかった。

まあそのころからあちらもこちらを認識していただけるようになった
らしく,廊下ですれ違えば挨拶する程度の間柄になった。
半年ほど前からちょくちょく向かいの研究室に出入りするようになり,
会話する機会も少しずつ増えてきた。
だから今くらい仲良くなったのなんて,本当にここ最近の話である。

そんな矢先,彼女の移転の知らせを聞いた。一ヶ月ほど前。
これまでも,学位取得後の雇われ研究者,いわゆるポスドクとして
研究されていたのだが,この春から新しい研究室に移ることに
なったのである。

本人は気づいてないだろうが,仲良くなって以来,癒しと安らぎを
与えてくれる存在だった。
毎日,朝早くから夜遅くまで熱心に研究に打ち込む姿を見ていると
尊敬に値する存在でもあった。
彼女に出会えて本当によかったと思うし,感謝している。
この気持ちをどう伝えよう。
ある日,廊下ですれ違ったときの他愛ない会話。
いつまでここに来るのだとかいう話の流れで,,,

「じゃあ,最後は何かお祝いさせてくださいね。」

「え~,私涙もろいからきっと泣いちゃうよ~」

これってもう前フリですよね?
そんなに言うなら,泣かせて見せましょう。
何か買ってプレゼントするのではつまらない。
もっと自分らしい贈り物。
そこで考えたのがビデオレター。
研究室の皆さんからのメッセージを編集した短編ドキュメントの
作成を思いついた。お別れまで後二週間。

思いついたはいいが,実際は困難を極めた。
何しろ,よその研究室の方々のメッセージを集めるのである。
すでに仲のいい数人の方々に協力していただいてなるべく多くの
方々を紹介していただいた。
おかげでほとんど全てのメンバーを網羅できた。
しかも,疎まれるのではないかと心配していたのだが,皆さん
快諾していただいて非常に嬉しかった。
しかも皆さんいいコメントばかり。
本当に皆さんに愛されている方なんだなあ,と感激。
そのことを知ることができただけでも今回の企画は僕にとって
大きな意味があった。

中でも印象的だったのが,彼女と同い年の先輩。
時折声を詰まらせながらもとても愛のあるメッセージをいただいた。
撮影しながら,そして編集しながら,しみじみとその愛情の深さに
感激。思わずもらい泣きしそうになる。
さらに,研究室は違うのだが,現在アメリカにいる彼女と同い年の
別の先輩にもメッセージをお願いしておいた。
多忙な上,重い風邪をひいてダウンしていたらしいのだが,ギリギリ
間に合うように動画ファイルを送ってくれた。
彼女のメッセージがあるのと無いのとでは,仕上がりは雲泥の差。
本当に感謝している。

過去の写真やビデオも先輩方からありったけ御供出いただいて,
メッセージとあわせて編集,ついに完成。
そして最後の飲み会で上映。
予想外の盛況ぶりで嬉しい限り。
何よりご本人に喜んでいただけたのが幸いである。
号泣,,,とまではいかなかったが,DVDに焼いてプレゼントしたので
何かあったときの励みになれば,本望である。

せっかく仲良くなったのだからこれで終わり,というのはもったいない。
またぜひ遊びに来てください。
いなくなってしまうのは寂しいけど,最高の形で送り出せた今,気持ちは
晴れやかです。
そしてこんな偉大な先輩と出会えたことを誇らしく感じています。
本当は言葉では言い表せないくらい,感謝しています。
この先も,あまり気負いすることなく,自分のペースで,自分のすること
全てを愛し楽しんでください。

最後に一言。
僕が無事学位を取得できた暁には,絶対に「Stage 4」で祝ってください!

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